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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)1618号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人吉浦大蔵の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論のような法律判断を示したものとは解されなかいら、前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらないところ、所論にかんがみ職権により次のとおり法律判断を示すこととする。

すなわち、原判決及びその是認する第一審判決の認定によると、(一)本件事故の現場は、佐賀県唐津市方面から小城町方面に通ずる東西道路(国道二〇三号線)と多久市番所方面から武雄市方面に通じる南北道路が交差する左右の見とおしのきかない交差点であること、(二)東西道路の車道の幅員は、10.1メートル、南北道路の車道の幅員は、交差点からみた北方道路において6.2メートル、南方道路において9.1メートルであること、(三)東西道路の信号機は、黄色の燈火の点滅を表示し、南北道路の信号機は、赤色の燈火の点滅を表示していたこと、(四)被告人は、昭和四八年二月一〇日午後九時五分頃、普通乗用自動車(以下被告人車と略称することがある。)を運転して北方道路を南方に向け本件交差点にさしかかり、その入口で対面信号機の赤色の燈火の点滅表示に従つて一時停止した際、右方の西方道路を時速約五五キロメートルで交差点に向つて進行してくる内田忠義運転の普通乗用自動車(以下内田車と略称することがある。)を約五〇メートルの距離に認めたが、その前を通過することができると考えて時速約五キロメートルで発進し交差点内に進入したところ、右内田は、被告人車が一時停止したのを認め、自車を先に通過させてくれるものと思つて減速徐行せずに交差点に進入したため、被告人車が、一時停止位置から約5.4メートル進入した地点でその右側に衝突するに至つたことが明かである。

原判決は、右の事実関係のもとで、(一)被告人は、赤色の燈火の点滅表示に従つて一時停止した後、再度発進して交差点に進入するに際しては、交差道路の交通の安全を確認し、接近して来る車両があるときには衝突の危険を回避するための措置を講ずべきであり、(二)特に、内田車が進行する東西道路の信号機は、黄色の点滅信号を表示しているのに対し、被告人車の進行する南北道路の信号機は、赤色の点滅信号を表示しており、また、内田車の進行する西方道路は、被告人車の進行する北方道路に比し、幅員が明らかに広いのであるから、内田車が徐行したとしても被告人車は内田車の進行を妨げてはならない関係にあるうえ、(三)被告人が内田車を認めた際には、既に同車は右方約五〇メートルの地点を時速約五五キロメートルで進行していたのであるから、被告人としては自車の発進を見合わせ内田車の通過を待つて交差点に進入すべき業務上の注意義務があり、内田車より先に通過できるものと軽信して発進したのは右の注意義務を怠つたものというべきである、と判示した。

しかしながら、道路交通法三六条二項にいう「明らかに幅員の広い道路」とは、交差点を挾む前後を通じて、交差点を挾む左右の交差道路のいずれと比較しても明らかに幅員の広い道路をいい、その一方のみと比較して明らかに幅員の広い道路は含まないものと解すべきであるから、原判決が内田車の進行する幅員10.1メートルの東西道路と被告人車の進行する幅員6.2メートルの北方道路のみを比較して前者が明らにか幅員の広い道路にあたると判断し、幅員9.1メートルの南方道路との比較をしなかつたのは、法令に違反するものというほかない。

また、一時停止した際、被告人が右方約五〇メートルの地点を時速約五五キロメートルで進行してくる内田車を認めたからといつて、その事実のみから直ちに被告人に自車の発進を見合わせるべき注意義務が生ずるということはできないから、原判決のこの点に関する判示にも妥当を欠くものがある。

ただ、交差する道路の一方の信号機が赤色の燈火の点滅信号を表示し、他方の信号機が黄色の点滅信号を表示している交差点においては、赤色の燈火の点滅信号を表示する道路を進行する車両の運転者は、所定の停止位置において一時停止する義務を負うのはもとよりのこと(道路交通法施行令二条一項参照)、再度発進して交差点に進入するにあたつては、交差道路上の交通の安全を確認し、接近してくる車両との衝突の危険を回避するためその進行妨害を避けるなど所要の措置をとるべき義務があるものというべきである。道路交通法四三条は、交通整理の行われていない交差点において、道路標識等により一時停止すべきことが指示されているときは、車両は、所定の停止位置で一時停止するほか、交差道路を通行する車両の進行妨害をしてはならない旨を明定しているが、このような義務は、赤色の燈火の点滅信号により一時停止が義務づけられる車両の運転者もまた、一時停止の義務に当然に伴うものとして、負うものと解するのが相当である。けだし、そのように解さなければ、赤色の燈火の点滅信号が一時停止を義務づけている実質的な意味が失われるばかりでなく、道路交通法の他の規定(特に三六条一項)との関係から、赤色の燈火の点滅信号により一時停止を義務づけられている車両の運転者の方が黄色の燈火の点滅信号を表示した交差道路の進行車両より優先的に進行を許容される場合を生じ、これにより道路交通上の安全を確保することができないことになるからである。原判決は、これと同旨の見解に立ち、右のごとき注意義務を認めたうえ、これに違反した被告人に過失を認めた点で正当であり、前記の法令違反は、その結論に影響を及ぼさないものということができる。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人吉浦大蔵の上告趣意

第一点 原判決は最高裁判所の判例と相反する判断をしている。

一、原判決は「原判決(一審判決を指す)挙示の関係証拠によれば、本件現場は唐津方面から小城方面に通じ車道の幅員10.10メートルの国道二〇三号線(東西道路)と番所方面から武雄方面に通じる幅員6.20メートルの道路(南北道路)が十字型に交差する交差点である」と認定し、更に、「内田車が通行していた道路はその幅員が約10.10メートル、被告車が通行していた道路の幅員は6.20メートルに過ぎず同交差の状況等を考慮しても前者が幅員において明らかに広い道路であることが認められる」と判断している。

二、一審判決が証拠として挙示する実況見分調書二通並びに一審検証調書及び検証見取図によれば、本件事故現場は西方唐津方面から東方小城方面に通ずる東西道路と、北方番所方面から南方武雄市方面に通ずる南北道路とが十字型に交る交差点内(多久市北多久町大字小侍一〇八九番地先国道二〇三号上)であつて、原判決認定のとおり東西道路の車道幅員は10.10メートル、南北道路のうち交差点北側ではその幅員が6.20メートルであるけれども、交差点の南側ではその幅員は9.10メートルであつて、南北道路には歩車道の区別のないことが認められる。従つて、東西道路の車道幅員と南北道路の交差点北側の幅員との差は3.90メートルであるけれども、右交差点南側の幅員との差は一メートルである。

三、ところで原判決は、内田車が通行した東西道路の車道幅員10.10メートルと被告車が通行した南北道路の幅員6.20メートルとを比較した結果、東西道路の幅員が明らかに広いものと判断しているのであるが、南北道路の交差点南側の幅員について審理判断をすることなく、南北道路の幅員を6.20メートルと認定したのは、被告車が通行して来た前記北側道路が、この北側道路だけが、この場合の交差道路であつて、幅員9.10メートルの前記南側道路は交差道路に含まれないと解したからであると思料される。尤も、原判決は「同交差の状況等を考慮しても」といつており、その趣旨は必ずしも明瞭ではないけれども、それは南北道路のうち交差点の南側道路の幅員が9.20メートルあることを認め、これをも基準として比較しているものとは解されないのである。さすれば、原判決の右解釈は明らかに最高裁判所第二小法廷昭和四七年一月二一日判決(刑集二六巻一号P、三七以下)に相反するものである。即ち、右判決要旨は「歩道と車道の区別がなく、その幅員が交差点の東側では約7.9メートル、西側では約5.8メートルであるほぼ東西に通じる道路(以下、東西道路という)と、歩道と車道の区別があり、車道の幅員が約九メートル、その両側にある歩道の幅員がそれぞれ約4.5メートルであるほぼ南北に通じる道路(以下、南北道路という)とが十字型に交わる交差点においては、東西道路の交差点東側の幅員と南北道路の車道の幅員との差は約1.1メートルにすぎず、東西道路の幅員よりもこれと交差する南北道路の幅員が明らかに広いものとは認められない」と判示しているのである。そして右判決要旨の趣旨とするところは、交差点の両側の道路幅員に広狭の差がある場合は、その幅員の部分を含めて不可分な一本の、一体をなすところの交差道路と解し、その幅員と他の交差道路(通行道路)の幅員とを比較して、通行道路の幅員が明らかに広いものと認むべきか否かを判断すべきであることを判示していると解される。しかるに原判決は本件交差道路(南北道路)のうち交差点北側の狭幅員の部分だけがこの場合の交差道路であると解しその幅員を基準として比較することにより、前記のとおりの広狭の判定をしているものであるから、この点において右最高裁判所の判例と相反する判断をしていることとなる。

更に原判決は、一審判決挙示の証拠についての審理をつくして、交差道路のうち南側道路の幅員は9.10メートルであることを認定し、これとの比較をすれば東西道路の幅員10.10メートルとの差はわづか一メートルにすぎないのであるから、前記最高裁判所の判決要旨が判示しているとおり、東西道路の幅員はこれと交差する南北道路の幅員よりも明らかに広いものとは認められないと判断すべきであるのに、それをしていないのであるから、この点においても亦、右最高裁判所の判例と相反する判断をしたものである。

第二点 原判決には、審理不尽重大な事実の誤認法令の解釈適用の誤りによつて被告人の過失責任を認めた違法があり、それは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は先づ(一)本件現場は前記東西道路と南北道路が十字型に交差する交差点であるが、右二つの道路のいずれの方向から進入する場合においても左右の見とおしのきかない交差点であること、本件事故当時同交差点に設置されていた信号機の信号は、東西道路は黄色の灯火の点滅、南北道路は赤色の灯火の点滅を表示し、交通整理の行われていない状態にあつたことを認定し、進んで(二)被告人は普通乗用自動車を運転し、北方番所方面から南方武雄方面に向け直進すべく右交差点にさしかかり、同交差点の入口で対面信号機の赤色の灯火の点滅の表示に従い一時停止し、左方(東方)の安全を確認した後右方を見た際、西方唐津方面から時速約五五キロメートルで同交差点に向つて進行して来る内田忠義運転の普通乗用自動車を約五〇メートルの距離に認めたが自車が右相手車より先に通過できると思つて時速約五キロメートルで発進して該交差点に進入し、他方、右内田は被告車が一時停止したのを認め自車を先に通してくれるものと思い、減速徐行することなく同交差点に進入し、被告車が右停止地点より約5.4メートル南進した地点で、同車右側に衝突するに至つたことが認められるとしている。

ところが原判決は更に、(三)右の如き関係状況において、被告人は赤色の灯火の点滅の表示に従い一時停止し再度発進して交差点に進入するに際しては、交差道路の交通の安全を確認し、接近して来る車両があるときは衝突の危険を回避すべき措置を講ずべきであるとし、(四)特に内田車の通行する東方道路は黄色の点滅信号であり、被告車の通行する道路は赤色の点滅信号であつて、内田車の通行する道路が被告者の通行する道路に比し幅員が明らかに広い道路であるから、内田車が徐行しても、被告車において内田車の進行を妨げてはならない関係にあると判断したうえ、(五)被告人が内田車を認めた際、既に同車は右方約五〇メートルの地点を時速約五五キロメートルの速度で近接していたのであるから、被告人としては発進を見合わせ内田車の通過を待つて進入すべき注意義務があつたものといわなければならず、前示の如き現前の危険状況の下では、被告人において内田車の徐行するのを確認しない限り交差点に進入すべきでないとし、内田車より先に通過しうるものと確信して時速約五キロメートルの速度で発進して交差点に進入した被告人に対し右の如き注意義務を怠つたものと判断し、被告人の過失責任を認め刑法二一一条を適用した一審判決を是認している。

二、道交法は、交差点における他の車両等との関係等について第三六条一項二項三項四項の規定を、徐行すべき場所について第四二条の規定を設けている。

第四二条は「車両等は、左右の見とおしのきかない交差点に入ろうとするときは、当該交差点において交通整理が行われている場合及び優先道路を通行している場合を除き、徐行しなければならない」と規定している。その法意は、交通整理が行はれておらず、しかも左右の見とおしのきかない交差点に入ろうとする非優先道路通行の自動車運転者に対し、自車の通行道路が第三六条二項三項所定の広幅員道路である場合を除き(この場合にあつては、第三六条二、三項により狭路通行車には、徐行の義務及び広路通行車の進行妨害避止の義務がある)、必ず徐行すべきことを義務づけ、もつて右交差点における車両対車両車両対歩行者の出合いがしらの衝突事故を防止しようとしているものである。そして自車の通行道路に対面して黄色の灯火の点滅信号が作動している場合においても、これによつては右徐行義務は免除されることはない。このことは、最高裁判所第一小法廷昭和四八年九月二七日判決が「道路交通法施行令(昭和四六年政令第三四八号による改正前のもの)二条一項所定の黄色の灯火の点滅信号による規制の意味は、当該信号設置場所における道路の広狭、優先関係、見とおしの良否、車両または歩行者の往来状態等の諸般の事情に応じて、当該場所を進行する自動車運転者に対し、道路交通の安全と円滑を図る見地から課せらるる交通法令上の各種の義務および運転業務上の注意義務をはたすにつき、いつそうの留意を喚起するにあるものと解すべきである」と判示しているところによつて明白である(判例時報七一五号P、一一四参照)。だから、自車の進行道路から直進して交差点に進入しようとする自動車運転者に課せらるる第四二条の右遵守義務は、赤色の灯火の点滅信号の作動している交差点入口の左右いづれの側の交差道路からであらうとも、その交差点に進入して来るすべての自動車及び歩行者に対する衝突を防止するためには、必ず一率に徐行すべき必要があるので、かかる徐行をなすべきことをもつてその内容とするものと解すべきである。何となれば、そう解しないと第四二条の右法意に合致しないことになるからである。

三、ところで、右四二条の徐行義務は、交差点における車両の通行順位を定める第三六条二項との関係で、広路通行車に対しては課せられないことになる。そこで第三六条二項にいう「道路の幅員が明らかに広いもの」の意義をどう解すべきか、又本件のように交差点の両側において幅員に広狭の差がある場合は如何なる基準によつて広狭を判定すべきかが問題となる。

前者につき最高裁判所第三小法廷昭和四五年一一月一〇日決定要旨(刑集二四巻一二号P、一六〇三)は「道路交通法三六条二項にいう道路の幅員が明らかに広いものとは、交差点の入口から、交差点の入口で徐行状態になるために必要な制動距離だけ手前の地点において、自動車を運転中の通常の自動車運転者が、その判断により、道路の幅員が客観的にかなり広いと一見して見分けられるものをいう」と判示している。

次に、前記最高裁判所第二小法廷判決(刑集二六巻一号P、三七以下)は、判示事項二、歩車道の区別のある道路とその区別のない道路とを比較して道路交通法三六条二項(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)にいう「道路の幅員が明らかに広い」場合にあたらないとされた事例につき、前引用とおり、歩道と車道の区別がなくその幅員が交差点の東側では約7.9メートル、西側では約5.8メートルであるほぼ東西に通じる道路(東西道路)と、歩道と車道の区別がありその車道の幅員が約九メートル、その両側にある歩道の幅員がそれぞれ約4.5メートルであるほぼ南北に通じる道路(南北道路)とが十字型に交わる交差点においては、東西道路の「東側の幅員」と南北道路の車道幅員との差は約1.1メートルにすぎずとして、東西道路の幅員よりもこれと交差する南北道路の幅員が明らかに広いものとは認められないと判示し、判決理由においてこれ、即ち右判示と同趣旨の原判断は相当であると説示して、上告を棄却している。右判決要旨においては、何故に東西道路の「東側の幅員」と比較して、その差により右のような判断をするのか、その理由の説明はない。同趣旨の原判断は「南北道路と東西道路との幅員の比較であるが、前述のとおり、南北道路の車道の幅員は約九米、東方道路の幅員は約7.9米、西方道路の幅員は約5.8メートルであり、客観的には南北道路の幅員が広いけれども、南北道路と「東方道路」との幅員の差は、僅かに1.1米に過ぎないし、その上前記のような街路樹や歩道の隅切りの関係もあつて、南北道路の方が東方道路より一見して明白に広いとは認め離い。すわなち、南北道路が、道交法三六条二項にいう明らかに広い道路に当るとはいい離いと説示している。このように、二審判決は街路樹や隅切りの関係も考慮しているけれども、この点は最高裁判所の前記判決では全然触れられていない。

そこで右二審判決の理由につき事案の概要を調べて見ると、被告人は南北道路を北から南に直進して交差点にさしかかり、東方道路から交差点に進入して来る大谷清利運転のタクシーに自車の前部を衝突させたものである。しかしながら、最高裁判所の右判決要旨において、東西道路の東側の幅員を基準として比較したのは、被害車が東方道路から交差点に進入したからであるとの趣旨はこれを窺うことはできない。この点は二審判決の右理由においても亦同様である。

然らば右最高裁判所判決は何故に一率に、交差点の両側において幅員に広狭の差がある甲道路と、然らざる乙道路とがほぼ十字型に交差している場合において、甲道路については幅員の広い方を基準とし、これと乙道路の幅員とを比較すべきものと判示しているのであらうか。それは要するに、そのように解しないと結局、当該交差点における交通の安全と円滑を図ることができなくなるからである。若し右に反し、甲道路の幅員の狭い方を基準としこれと乙道路幅員との広狭を比較し、もつて「道路の幅員が明らかに広い」場合にあたるか否かを判定することになると、乙道路通行車に課せられるはずの第四二条の徐行義務――それは現に交差点に進入しようとしている交差道路の一方からの車両歩行者だけでなく、まだ交差点に進入しようとしていない車両歩行者、更にはまだ交差点手前に姿さえあらわしていない車両歩行者で交差道路の他の一方から進入して来ることが予想されるものとの関係においても、そのすべての車両歩行者との衝突を防止するために必要な注意義務である――が不当に解除されることになり、交通整理の行われていない交差点における車両の通行順位の規制、そのような交差点でしかも左右の見とおしのきかない場合の車両の徐行等に関する道交法上の各種義務の適切な配分調整によつて、交通の安全円滑を図り衝突事故の発生を防止しようとしている法の趣旨に反することになるのである。

以上のとおりであるから、本件交差点で十字型に交差する東西道路と南北道路とにつき、前記最高裁判所判決要旨に従つて次のとおり判定するのが相当である。即ち、南北道路は歩車道の区別がなく、その幅員は交差点北側で6.20メートル、南側で9.10メートル、東西道路の車道幅員は10.10メートルで、南北道路の交差点南側の右幅員と東西道路の車道幅員との差は一メートルに過ぎなのいであつて、南北道路の幅員よりも東西道路の幅員が明らかに広いものとは認められない。従つて、東西道路を本件交差点に向つて東進して自動車を運転し交差点に入ろうとした内田忠義は第四二条の規定によつて徐行すべき義務があつたものというべく、尚第三六条一項により、交差道路を左方から進行してくる被告車の進行妨害をしてはならなかつたものである。ところが同人は右義務を怠り、被告車が交差点北側入口に赤色の灯火の点滅信号の表示に従つて一時停止したのを認めたが、被告車は停止したままで自車を先に通してくれるものと軽信し、減速徐行することなく時速約五五キロメートルで右交差点に進入した。同人としては、被告車が右信号の表示に従つて交差点の直前に一時停止したのを認めた以上、被告車が更に発進して交差点に入つて来ることが予想されたはずであり、そのまま進行すれば交差点内で被告車と衝突する危険があるから、被告車の動静に注意しつつ減速徐行等臨機の措置に出て、もつて被告車との衝突を回避すべき義務があり、そのような措置に出ていれば本件衝突事故は発生しなかつたものである。だから、内田忠義は右の点において自動車運転者としての業務上の注意義務を懈怠した過失によつて本件事故を起したものと認むべきである。

本件において被告人は多久市北多久町番所方面から南北道路を武雄方面に向い自動車を運転南進して前記交差点にさしかかつたのであるが、同所には信号機の設置があり、南進する車両に対し赤色の灯火の点滅信号を、西方から東西道路を東進する車両に対し黄色の灯火の点滅信号を作動していた。それで被告人は赤色点滅の表示に従つて交差点直前に一時停止し、東西道路の左右の交通の安全を確認したところ、左方には車両等はなく、右方(西方)約六〇メートルの地点に内田忠義運転の自動車を認めた。同交差点は左右の見とおしがきかず、且つ東西道路の幅員は被告人通行の南北道路の幅員より明らかに広いものとは認められない関係にあるので、被告人は内田車が当然徐行して交差点に入るものと考え、右情況の下では自車が発進し徐行して交差点に進入し交差点内を進行通過しても内田車との衝突の危険のない距離があり、同車は自車の後方を安全通過し得るものと判断し、時速五キロメートルで発進し交差点内に進入したものである。従つて、被告人の右発進及びその際とその後の操車は道交法第三六条四項、同法施行令第二条の条項に従つたものであつて、自動車運転者として業務上の注意義務を怠つた過失ある行為ではない。

被告人が右のように考え、判断し、そして右のような徐行運転をして交差点に入つたことは、前記諸状況の下においては当然且つ相当な行動であるといわねばならない。この場合の被告人としては、内田車が第四二条によつて課せられている徐行義務を無視し、時速五五キロメートルの高速度で被告車の進路上に進出して来ることまで予想して、内田車の交差点通過を待つて発進するとか、内田車が徐行するのを確めない限り交差点に進入すべきでないから、それを確認して発進するとか、およそそのような注意義務はないのであつて、被告人が右方約六〇メートルの距離に内田車を認めたにしても、同車は第四二条に従い徐行して交差点に接近するものと信頼してよいのである。(最高裁判所第三小法廷昭和四八年一二月二五日判決、判例時報七二九号P、一〇八以下参照)

ところが原判決は、前記第一点の一のとおり東西道路が幅員において明らかに広い道路であるとの重大な事実の誤認をしたが、これは第三六条二項の「道路の幅員が明らかに広いもの」の解釈を誤つたため、率いて審理をつくさず同条項の適用を誤つたものというべきである。更に原判決は第二点一の(四)のとおり被告人に対し、内田車が徐行しても被告車において内田車の進行を妨げてはならない関係にあると判断しているが、これは右誤認事実を前提として被告人に第三六条二項の進行妨害避止の義務を認めたものであると解される。しかし前記のとおりその前提において誤つているのであるから、失当として排斥を免れない。又原判決は第二点一の(五)のとおり被告人に対し、発進を見合わせ内田車の通過を待つてから交差点え進入すべき注意義務があつたこと、内田車の徐行するのを確めない限り交差点に進入すべきでないことを認定しているが、これとても前記の誤認事実を前提とし第四二条の解釈適用を誤つた結果であると思料する。

そうすると、本件において被告人に対し過失責任を認めた原判決は、法令の解釈適用を誤り、被告事件が罪とならないのにこれを有罪としたものというべく、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるのでこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認むべきである。

被告人の上告趣意〈省略〉

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